小麦粉と塩

 小麦粉を水でこねると、グルテンが生地をつなげる働きをします。
だから、うどん作りには、必ずしも塩を必要とはません。
たとえば、生のうどんを茹でずに、そのままだし汁で煮る名古屋の「味噌煮込みうどん」などは、塩を加えずに作るうどんの典型例です。

 しかし、塩を加えないうどんは、茹でても芯がいつまでも残り、麺全体を柔らかく茹で上げるのにかなり時間がかかります。
また、塩を加えていないと、たんぱく質分解酵素の働きを抑えることができないので、生地は時間の経過とともにどんどんダレてしまいます。
そのため、この種のうどんは、茹でずに生のまま煮込むのに適しているわけです。

 一方、小麦粉を塩水でこねた場合、水だけでこねた時に比べて、グルテンの綱目構造の展開にはやや時間がかかるものの、グルテン組織はより強力に、しっかりと形成されます。
これが塩の収斂効果で、うどん特有のシコシコとした食感を生み出します。
そして、たんぱく質分解酵素の活性を抑制できるので、充分な「ねかし(熟成)」によって、さらに粘弾性を増した生地にすることができます。

 つまり、おいしいうどん作りに塩が欠かせないということは分っています。
しかし、塩分の過剰摂取が問題になる昨今、茹でた後のうどんに、どのくらいの塩分が残っているのか、気になるところです。

 いま、塩にはグルテンを強化する働きがあると説明しましたが、加える量にはおのずと限度があります。
適度に加えれば蹄まりと弾力性のあるうどんができますが、使用量が多すざると、グルテンの結合力は逆に弱くなって、生地の伸展性、弾力性ともに、かえつて少なくなってしまいます。
通常、適当な量とされているのは、手打ちの場合で小麦粉の重さに対しておおむね4〜6%程度、機械製麺の場合は2〜4%です。

 もっとも、この塩分がそのままうどんの中に残っているわけではありません。
茹でている間に、かなりの量の塩が茹で湯の中に溶け出してしまいます。
うどんの状態や茹で時間にもよりますが、少なくとも80%以上、通常は90%ほどの塩分が溶出しているようです。

 したがって、塩分濃度が高めの手打ちうどんの場合でも、1人前(原料の小麦粉の重量で100g)当たり、せいぜい0.5g程度の塩分しか残っていないということになります。
厚生労働省の設定している「1日の摂取限度10g以下」を考えると、つゆの塩分に注意するにこしたことはないでしょうが、うどんそのものの塩分に関しては、ほとんど問題にならないといえるのではないでしょうか。

 先に挙げた名古屋の「味噌煮込みうどん」など、茹でずに煮込む場合のうどんを打つ時に、塩を加えないことが多いのは、うどんを煮ている間に塩分が溶け出して煮汁が塩辛くなりすぎるからともいわれています。
また、そばとうどんを同じ釜で茹でないのは、うどんから溶け出た塩分のために、そば湯がまずくなってしまうからです。

 ところで、うどんが茹で上がるというのは、お湯がうどんの中心部にまで浸透してでんぷんが糊化(α化)し、全体が適度の柔らかさになることです。
加熱することで、うどんを形成しているグルテンも熱変成を起こし、食べられる状態になります。
 これがうどんを茹でる目的ですが、どのくらい茹でたら茹で上がりかという基準となると、個人の好みもあって判断がむずかしいところです。
すべてのでんぷんが完全にα(アルファ)化しなくても、食べられないこともないからです。

 昔から、ちょうどよい茹で上がり具合の目安として「芯が絹糸一本になったところ」などの口伝が残されていますが、現代の科学的な基準では、うどんの水分含量が75%程度になった時点をその目安にしています。
 うどんを茹でた時、熱が麺の中心部にまで伝わるのは非常に速く、たとえば、99℃の湯の中で太さ4mmのうどんを茹でた場合、1分後には中心部の温度は湯の温度とほぼ同じになっています。
しかし、お湯がうどんの内部に浸透するには、さらに時間がかかります。でんぷん粒を綱の目状に包み込んだグルテン組織と、麺の表面部分から徐々に糊化していくαでんぷんとが、湯の浸透を邪魔しているためです。

 つまり、水分含量75%とは、あくまでうどん全体の水分分布の平均であり、中心部まで75%になったというわけではありません。
75%に茹で上がったうどんの内部の、茹で上げ直後の水分分布は、表面付近では80%以上になっていますが、中心部ではまだ40%程度にしかなっていません。
このような水分含量のバラつきを「茹で麺の水分勾配(こうばい)」と呼んでいます。
表面が柔らかく芯の部分はやや硬い状態が、最もおいしい状態とされています。
 このことから、茹で時間の長短には、うどんの太さが大きく影響していることが分かります。
中心部までの距離が長くなるほど、浸透しょうとする湯に対するグルテンとでんぷんの抵抗が大きくなるからです。

 茹で時間は、粉をこねる時の加水量や、小麦粉自体のグルテン量、そして塩分濃度によっても変わってきます。加水量が多い麺は糊化のための水分の補給が少なくてすみ、生地も柔らかいため水分が吸収されやすく、逆にグルテン量が多ければ、それだけ綱目状組織が密になり、いっそう湯の浸透が妨げられることになります。

 また、うどんの中に含まれている塩は、茹でている間に湯の中に溶け出しますが、塩の抜けた透き間が多いほど、湯が浸透しやすくなり、茹で時間は短くなるわけです。
ただし、すでに述べたように、生地形成に有効な塩分濃度には限度があります。

 このように、塩はうどん作りにさまざまな効果をもたらしますが、最も重要なのは、塩分濃度と加水量、そして温度との関係です。
 まず、塩と水は、反対の作用をします。
つまり、加水量を増やせば生地は柔らかくなりますが、塩分濃度を高くすると生地は硬く蹄まってきます。

 また、うどんの生地は温度の変化に対して非常に敏感です。
暑いと柔らかくなって、生地としてはダレた状態になりやすく、反対に、寒中のように気温が低いと硬くなります。
そこで、夏は塩の量を多くして生地を蹄め、冬は塩の量を減らして硬くなりすぎないようにコントロールしなければなりません。
同時に、加水量も調節する必要が出てきます。
うどん作りは一見、単純なように見えますが、温度や加水量、熟成時間など変動要素が多いのです。
そして、塩はそれらの要素に対して、複雑で微妙なコントロール機能を果たしています。
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